【どうする家康】忠義の裏に秘めた野心…毎熊克哉が演じる大岡弥四郎(大賀弥四郎)の末路【後編】 (5/6ページ)
家康は渡辺守綱(演:木村昴)に命じて小谷甚左衛門を追わせますが、甚左衛門は天龍川を泳いで武田領へ入り、そのまま甲斐まで逃亡してしまいました。
一方、倉地平左衛門は今村勝長(いまむら かつなが。彦兵衛)と大岡助次(おおおか すけつぐ。孫右衛門)、助次の息子である大岡清勝(きよかつ。傳蔵)が三人がかりで討ち取ります。
そして心変わりした山田八蔵については恩賞にあずかり、一千石の知行を賜わったということです。
家康、改めて反省
……後日に至るまで度々弥四郎が事悔思召よし仰出され。我そのはじめ鷹野に出むとせしに老臣はとゞめけるを。弥四郎ひとり勧めつれば我出立しなり。これ等の事度々に及び。老臣等終に口を杜(とじ)る事となりゆきしならん。近藤が直言にあらずんば我家殆むど危し。畏れても慎むべきは奸佞の徒なり。おほよそ人の上としては人の賢否邪正を識りわけ。言路の塞らざらんをもて。第一の先務とすべしと仰られしとなり。……
※『東照宮御実紀附録』巻三「鋸引」
「それにしても、弥四郎があんな大それたことを企んでおろうとは、わしもつくづく見る目がないのぅ」
今回の一件で、家康は大いに後悔したと言います。
「言われてみれば、そなたらが度々諫めてくれていたのを聞き入れなんだがゆえに、そなたらも口をつぐんでしまった……悪かった」
「いえいえ、滅相もない。