【どうする家康】忠義の裏に秘めた野心…毎熊克哉が演じる大岡弥四郎(大賀弥四郎)の末路【後編】 (3/6ページ)
侵入に成功したらただちに信康を殺し、岡崎城内に残っている徳川家中の妻子を人質にとれば、三河・遠江両国の者たちは武田家に降伏するでしょう。
そして孤立無援となった家康を尾張でも伊勢でも追放してしまえば、血を流さずに三河と遠江を手に入れられる……そんな算段でした。
「相違ないな、八蔵」
「ははあ」
一度は謀叛に与したものの、心変わりした山田八蔵の証言によって、謀議の裏づけがとれたのです。
妻子を磔にされ、弥四郎は鋸引きで無惨な最期
鋸引きの刑に処される弥四郎(イメージ)藤田新太郎編「徳川幕府刑事図譜」より
……よて弥四郎が妻子五人を念志原にて磔にかけ。弥四郎は馬の三頭の方へ顔をむけ鞍に縛り。浜松城下を引廻し。念志が原にて妻子の磔にかゝりし様を見せ。其後岡崎町口に生ながら土に埋め。竹鋸にて往来の者に首を引切らしめしに。七日にして死したりとぞ。……
※『東照宮御実紀附録』巻三「鋸引」
「弥四郎の妻子を磔(はりつけ)にせぇ!」
忠義ヅラして謀叛を企んでいた弥四郎一味を処断するべく、家康はまず弥四郎の妻子を念志原(ねんしばら。ねんしがはら)で磔にしました。