【朝ドラ らんまん】要潤演じる田邊彰久のモデル!東京大学理学部の初代教授・矢田部良吉の生涯④ (5/7ページ)
封建時代に生きた彼らは、むしろ身分安全な環境で学問に勤しんでおり、学問に対する誠実さがあったというのです。
この頃の良吉は江戸時代の岩崎灌園の『本草図譜』写本を入手。本草学に触れた形跡が見られます。
かつては西洋主義的な考えが強かった良吉。時を経るにつれ、古き良きものを認める姿勢も見られていました。
東京大学を去った後、東京高等師範学校の英語教授となる
明治27(1894)年、良吉は正式に東京大学の教授職を免官。完全に東京大学から追われることとなりました。
翌明治28(1895)年、良吉は東京高等師範学校に奉職。英語担当の教授として生徒指導にあたります。
東京高等師範学校は官立の教員の養成機関でした。留学経験と高い英語能力を買われて、良吉が任命されたようです。
赴任後の良吉は、学生の育成に熱心に取り組んでいました。
同年、良吉はアメリカの魚類学者・ジョーダンに手紙を送付。高等師範学校の英語教授に適した人物の紹介を頼んでます。
ジョーダンは当時のスタンフォード大学の初代学長であり、世界でも指折りの学識経験者でした。