「どうする家康」さらば狼、ありがとう我が友。第28回放送「本能寺の変」振り返り (3/12ページ)
ちなみに連歌(れんが)とは和歌の五七五・七七をリレーしながら詠みつなぎ、一つの作品に仕上げるもの。
秘めたる野心を美しく包み隠す、いかにも光秀らしい作品に仕上がりましたね。
ちなみに西坊(にしのぼう)とは京都・愛宕神社にあった威徳院(いとくいん)の別名で、恐らくそこの僧職。紹巴とは連歌師として当世に名高い里村紹巴(さとむら じょうは)のことです。
本能寺の変に黒幕はいなかった?
さて、本能寺の変と言えばみんな大好き黒幕説。光秀はあくまで実行犯に過ぎず、彼を裏から操っていた黒幕は本当にいたのでしょうか。
この四百数十年にわたり議論が紛糾し、今なお決着を見ませんが、ここでは「黒幕などいない。あくまで光秀の単独犯行だった」と考えます。
その理由はざっくり以下の通りです。
(1)黒幕がいるなら、光秀と信長暗殺を共謀したはず。その接点がない。
(2)信長暗殺について、日時や場所、段取りなど具体的な計画がない。
(3)黒幕が信長暗殺の前後に光秀を支援した形跡がない。
そしてこれらを裏づける史料も、今のところ発見されていません(もしご存知でしたらご教示下さい。また、今後発見される可能性もゼロではないでしょう)。
互いに連絡もとらず、謀叛を共謀するなど不可能です。