「どうする家康」さらば狼、ありがとう我が友。第28回放送「本能寺の変」振り返り (10/12ページ)

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織田信長が茶の湯を学んだ天下三宗匠の一人・今井宗久とは何者?【どうする家康】

……こうしてざっと見る限り概ね信長派の人間ばかり。基本的に(少なくとも表向きは)特定勢力に肩入れしない商人としては、もし家康が堺で謀叛の根回しを持ちかけても、あまりいい顔はしなかったことでしょう。

家康三大危機の大トリ「神君伊賀越え」スタート!

さぁ始まりました。三河一向一揆・三方ヶ原合戦に続く家康三大危機の大トリがこちら「神君伊賀越え」となります。

次週のメインテーマとなることが予想されるため、今回はその冒頭のみを見ていきましょう。

……天正十年五月織田殿の勧めにより京に上らせたまひ。やがて堺の地御遊覧終り。既に御帰洛あらんとせしに。茶屋四郎次郎清延たゞ一騎馳来り。飯森の辺にて本多平八郎忠勝に行あひ。昨夜本能寺にて織田殿の御事ありし様つばらに語り。忠勝四郎次郎とゝもに引返し。御前に出てこのよし申す。   君聞しめしおどろかせ給ひ。今この微勢もて光秀を誅せん事かたし。早く京に帰り知恩院に入り。腹切て右府と死を同じうせんとて。御馬の首を京のかたへむけられ半里ばかりゆかせ給ふ所に。忠勝又馬を引返し酒井忠次。石川数正。榊原康政等にむかひ。若年のものゝ申事ながら。君御帰京有て無益の死を遂られんよりは。速に本国にかへらせ給ひ御勢をかり催し。明智を誅伐したまはんこそ右府へ報恩の第一なれといへば。忠次老年のわれらかゝる心も付ざりしは。若者に劣りし事よとてそのむね申上しに。われもさこそは思ひつれども。知らぬ野山にさまよひ山賊野伏の為に討たれんよりはと思ひ。帰洛せんとはいひつれ。誰か三州への案内知りたるものゝ有べきと仰ければ。さきに右府より堺の郷導にまいらせし長谷川竹丸秀一は。

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