「どうする家康」さらば狼、ありがとう我が友。第28回放送「本能寺の変」振り返り (8/12ページ)

Japaaan

『贈答百人一首』より、天王寺屋宗及(津田宗及)。一筋縄ではいかなそうな雰囲気である。

果たして、彼らはどんな人物なのでしょうか。ざっくり見ていきましょう。

津田宗及(山上賢治)

生年不詳〜天正19年(1591年)4月20日没

千利休(せんの りきゅう)・今井宗久と並び天下三宗匠と称された茶人です。

堺の豪商・津田宗達(つだ そうたつ)の子で、屋号は天王寺屋。茶匠として名高い武野紹鴎(たけの じょうおう)の門人であった父に茶の湯を学びました。

元は石山本願寺(いしやまほんがんじ)や三好政康(みよし まさやす)らとつながりを持っていたものの、やがて勢力を伸ばした信長に接近。茶の湯を通じて重用されます。

信長の茶会に招待されたり、秘蔵の名器を拝見させてもらえたり、また信長が堺の自邸を訪ねるなど深く親交していました。

信長の死後は羽柴秀吉に仕え、北野大茶会などを開いています。

松井友閑(村上かず)

生没年不詳

山城国松井城主・松井長之の次男として誕生しました。

室町幕府に仕えていましたが、第13代・足利義輝(あしかが よしてる)が暗殺されると信長に仕えるようになります。

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