将来を嘱望されながら”セリフ死”してしまった織田信忠(信長嫡男)…その生涯を振り返る【どうする家康】 (5/5ページ)
なお信忠には天正8年(1580年)に生まれた三法師(さんぽうし。後の織田秀信)と、天正9年(1581年)に生まれた吉丸(きちまる。後の織田秀則)と二人の息子がいたと伝わります。
秀吉に文字通り担がれる三法師(織田秀信)。『絵本太閤記』より
この三法師はやがて明智光秀を討って信長の仇をとった羽柴秀吉(演:ムロツヨシ)に担ぎ上げられ、政争の具とされるのですが、それはもう少し先の話。
信長・信忠と優秀な指導者を相次いで喪った織田家は、いったいどうなってしまうのか。またNHK大河ドラマ「どうする家康」ではどのように描かれるのか、今から注目ですね!
※参考文献:
『寛政重脩諸家譜 第三輯』国立国会図書館デジタルコレクション 和田裕弘『織田信忠 天下人の嫡男』中公新書、2019年8月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan