「どうする家康」大勝利だが拭えぬ不安。第32回放送「小牧長久手の激闘」振り返り (5/8ページ)
上下しどろにみだれ色めき立しに。直政が手の者下知してかけたつれば。森武蔵長一まづうたれ。池田勝入もみだるゝ勢をたて直さんと下知しけるが。永井傳八郎直勝につきふせられ首をとらる。其子紀伊守之助も安藤彦兵衛直次に討る。この手の大将池田父子森三人とも討れしかば。戦はんとする者もなくひたくづれにくづれたり。味方追討して首をとる事一万三千餘級なり……
※『東照宮御実紀』巻三 天正十二年「甲冑勝川之由来」
池田恒興・森長可らは朝日に輝く扇の馬印を見て、まさか家康自身がやって来たかと大慌て。
息もつかせず井伊直政の赤備えが襲いかかり、まずは森長可が討ち取られます。
何とか態勢を立て直そうと必死に指揮をとる池田恒興でしたが、永井直勝(ながい なおかつ)に討ち取られ、首を獲られてしまいました。
また池田恒興の子である池田之助(ゆきすけ。池田元助)も安藤直次(あんどう なおつぐ)に討ち取られます。
大将クラスの武将が3人も討ち取られてしまったため、残兵らはすっかり戦意を喪失。総崩れとなって逃げ出しました。
こうなると後は首を刈り取り次第、徳川勢は13,000もの首級を上げたそうです。
……ちょっと首級の数は盛っていそうですが、果たして池田・森らは討ち取られ、家康らは勝利を収めたのでした。
劇中ではナレーションだけでしたが、武士たちの立派な最期を描くこともまた、時代劇の醍醐味ではないでしょうか。