「どうする家康」大勝利だが拭えぬ不安。第32回放送「小牧長久手の激闘」振り返り (2/8ページ)
ところどころ徳川四天王(榊原康政・本多忠勝・井伊直政・酒井忠次)が紹介され、最後は海老すくいならぬ天下すくい踊りで盛り上がりました。
しかし石川数正(いしかわ かずまさ)は目先の勝利を喜べず、家康は秀吉に勝てないなどと、不吉なことを口走るのでした……。
それでは今週も、気になるトピックを振り返っていきましょう!
「その手は既にお見通し」中入りを読み、敵の裏をかいた家康
一番槍の武功を上げた榊原康政。こちらは秀吉を追い詰める場面(史実ではないが、軍記物語などで愛される)。史楊洲周延「小牧山ニ康政秀吉を追フ」
……卯月六日池田勝入。森長一。堀久太郎秀政に三好孫七郎秀次を総手の大将とし。二万餘騎の兵をわけて楽田より東の山にそひ。小牧の御陣を右にして篠木柏井にかゝりたり。こは御勢多半は小牧にありと志りて。みかたのうしろにまはり三河の空虚をうたんとのはからひなり……
※『東照宮御実紀』巻三 天正十一年-同十二年「小牧山役(長湫戦、大戦之四)」
天正12年(1584年)4月6日、池田恒興は森長一(長可)、堀秀政(ほり ひでまさ)が出撃。総大将は秀吉の甥・三好秀次(みよし ひでつぐ。羽柴秀次)、総勢2万の大軍を率いています。