羽柴秀吉の養子になった於義丸(結城秀康)。なぜ彼が選ばれた?【どうする家康】 (8/9ページ)
さて、誰を出したものでしょうか。長丸と福松は絶対に嫌です。かと言って、せっかくここまで育てた於義丸もあと数年は手放したくはありません。
どうしようかなぁ……そうだ!家康が思いついたのは、異父弟の松平康俊(やすとし。源三郎)か松平定勝(さだかつ。源四郎)。
家康の母・於大の方(おだい)が松平広忠(ひろただ。家康実父)と死別後、久松俊勝(ひさまつ としかつ)と再婚して生んだ息子たちです。
彼ら(※どっちでもいい)なら、別に秀吉へ差し出したところで痛くもかゆくもないや……なんて思っていたら、於大の方が猛反対。家康はこっぴどく叱られてしまいました。
「(※我らが神の君の名誉に関わるため、詳細は割愛)……っ!!!」
「……はい、すいませんでした」
そもそも源三郎はかつて甲斐の武田信玄(たけだ しんげん)へ人質に出され、エライ目に遭っているのです。
これ以上、あなたの勝手で息子たちを傷つけられてなるものか……母の気魄に圧倒された家康は、仕方なく於義丸を秀吉に差し出すのでした。