「どうする家康」数正のあほたわけー!その真意に一同涙……第34回放送「豊臣の花嫁」振り返り (4/9ページ)

Japaaan

永年仕えた主君を裏切った者など信用できませんし、もしかしたら家康から送り込まれた間者である可能性も否定できません。

ともあれ数正は、寂しい晩年を過ごすことになります。

徳川家を出奔した石川数正(松重豊)、秀吉に仕えてその後どうなった?【どうする家康】

防災の日に合わせた?天正地震について

焼失する大垣城(イメージ)

天正13年11月29日(1586年1月18日)、近畿・中部地方を中心に激震が走りました。

このいわゆる天正地震のエピソードを、関東大震災(大正12・1923年9月1日)から100年の節目となる9月第1週放送に持って来たかったものと思われます。

劇中でも羽柴秀長(佐藤隆太)が言及していた通り、美濃国の大垣城が全壊焼失したほか、織田信雄の居城であった伊勢長島城も倒壊。彼が「天が戦さなどやめよと言っておる」と震え上がったのも無理からぬところでしょう。

しかし「我らが神の君」はそんな天の声も意に介さず、もう戦えないと分かっていながら、亡き瀬名の想い即ち秀吉との対決にこだわり続けます。

「「どうする家康」数正のあほたわけー!その真意に一同涙……第34回放送「豊臣の花嫁」振り返り」のページです。デイリーニュースオンラインは、酒井重忠家忠日記羽柴秀長浅野長政旭姫カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る