「どうする家康」数正のあほたわけー!その真意に一同涙……第34回放送「豊臣の花嫁」振り返り (8/9ページ)
御上洛の事はあながちに思召とまらせ給へと諫め奉る……
※『東照宮御実紀』巻三 天正十三年「秀吉質母于岡崎」
さて、旭を家康に嫁がせてからというもの、秀吉は義弟に上洛するよう矢の催促。
それでも動かざること山の如き家康に苛立つ秀吉は、とうとう母親の仲(高畑淳子。大政所)まで人質に差し出しました。名目はあくまで嫁いだ旭の見舞いです。
「……皆の者、どう思う」家康が家臣たちを集めて尋ねたところ、酒井忠次らは答えました。
「秀吉の本心は未だはかりかねます。もしこのまま上洛せぬことを怒り、攻めて来ようと、敵の戦い方はこれまで姉川や小牧・長久手で見極めました。勝てぬ相手ではありません。どうか上洛は思いとどまって下され」
我らはまだまだ戦える。あくまで闘志満々の家臣たちを前に、家康は決意します。
……君聞召。汝等諫る所尤以て神妙といふべし。然りといへども本朝四海の乱既に百餘年に及べり。天下の人民一日も安き心なし。然るに今世漸くしづかならんとするに及び。我又秀吉と平盾に及ばゝ。東西又軍起て人民多く亡び失はれん事尤いたましき事ならずや。然れば今罪なくて失はれん天下の人民のため我一命を殞さんは。何ぼうゆゝしき事ならずやと仰せらるれば。忠次等の老臣等。さほとまで思召定められたらんにハ。臣等また何をか申上べきとて退きぬ。是終に天下の父母とならせ給ふべき御徳は。天下万民のために重き御身をかへ給はむとの御一言にあらはれたりと。天下後世に於て尤感仰し奉る事になん。既に御上洛あるべしと御いらへましましければ。関白よろこばるゝ事斜ならず。……
※『東照宮御実紀』巻三 天正十三年「秀吉質母于岡崎」
「そなたたちの諫めるところはもっとも神妙である。しかしこの日本は百年以上にわたる戦乱に苦しみ、民の心が安らぐこと一日もなし。ようやく天下が一統されつつある今、わしが意地を張って秀吉と戦を続けるならば、また多くの命が失われよう。たとえわし一人が(暗殺によって)命を落とそうと、惜しむべきではなかろう」
ここまで決意が固くあっては、忠次らもこれ以上諫めることはできません。