どうか殿下の陣羽織を!徳川家康が豊臣秀吉にねだった理由とは【どうする家康】 (6/6ページ)
「しかし、あんなに虚勢を張っておった猿めが、お忍びで根回しに来たのは愉快だったな」
家康が上洛した日の夜、秀吉がその宿所を訪ねてきて三度まで拝礼したと言います。
回想秀吉「徳川殿、どうか謁見の折は本心からでなくてもいいから、わしに臣従して下され……」
回想家康「わかっております。ご安心下され、元よりそのつもりで来ておりますから……」
回想秀吉「どうか、どうか……」
そのことを知っているのは秀長と長政、そして加々爪ナニガシ(加賀爪政尚か)そして茶屋四郎次郎とのこと。
「四人とも口外せぬ旨の誓紙を書かされておったな……」
「いや、だとしたらそれを我らに洩らしちゃダメでしょう」
「ともかくあの猿めは食えぬ男よ。なかなか力押しでは行かぬから、よくよく時節を待たねばならんのぅ」
かくして秀吉に臣従した家康。その後、天下が転がり込んで来るまでには、もう少し歳月を要するのでした。
終わりに以上、家康が秀吉に陣羽織をねだったエピソードを紹介してきました。家康自身の発案だとばかり思っていたら、実は豊臣秀長と浅野長政からのアドバイスだったのですね。
果たしてNHK大河ドラマ「どうする家康」では、この名場面をどのように描いてくれるのでしょうか。今から楽しみにしています!
※参考文献:
『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan