「海外から移住してきた私と夫。日本語が上手く話せない私に、近所の店やアパートの大家、そしてタクシーの運転手が...」(東京都・女性) (1/3ページ)
シリーズ読者投稿~あの時、あなたに出会えなければ~ 投稿者:Eさん(東京都・女性)
1977年、Eさんは夫と一緒に日本にやってきた。当初は日本語が上手く話せず、大変なことも多かった。
彼女はたくさんの国を訪れたことがあるが、そんな時に出会った日本の人たちのことが、一番心に残っているという。
<Eさんの体験談>
1977年、結婚して間もなく夫と一緒に日本に来た。東京の、クーラーもない2DKのアパートに住んでいました。
左側に小さな公園があり、窓からそこで遊んでる子供達の姿をみるのが毎日の楽しみ。アパートの隣に住んでる大家さんはとっても親切な夫婦で、時々コーヒー豆を煎って香ばしいティータイムに招待された。営まれていた造花教室にお世話になりました。
言葉がわからない中での買い物は、大変だったけど...まだ日本語が自由に使えない私にとって、一番たいへんだったのは買い物でした。駅近くのお肉屋さんは100グラム単位で頼めたのでなんとかなりましたが、八百屋さんと魚屋さんでは、品物の名前も知らないので困りました。いつも指をさして「これください」「それもお願いします」しか言えなかった。
それでも、お肉屋さんのおじさんは時々「はい、おまけです」と多めに入れてくれた。お魚屋さんで買ったお刺身を持って帰ってきたら、注文してないお刺身も入ってました。八百屋さんのお兄ちゃんが桃を一個おまけに入れてくれた時、後ろに並んでたおばさんが「私も!」と言って、お兄さんが「ありません!」と笑って答えていたのを覚えています。

その年の夏、妊娠3か月目になった私はひどい出血をしました。大家さんに大きな産婦人科病院を紹介され、夫に支えられながら病院を探し歩きました。
到着して、2人で病院の先生に叱られました。