「食堂で250円の最安メニューを毎日食べ続けてた俺。その日も同じ注文をしたら給仕のおばさんが...」(栃木県・50代男性) (2/3ページ)

「毎日毎日ソバしか食っていない俺だったから、給仕のおばさんに心配をかけていたんだな」と思った。
ありがとうという言葉が言えずにそのままになって、少し時間が経ったころ俺の転勤が決まった。
横顔はなんとなく、母に似ていたこの機を逃したらきっとこのままで終わるだろうと、あの時のお礼を述べたいと社食室に挨拶に行ったのだが、給仕のおばさんはすでに本部に帰社していた。
おばさんは、社員食堂の運営を行う会社に所属している方で、当時50代後半に見えた。今となっては、亡くなっている可能性もあると思います。
俺は人見知りの激しい人間で、挨拶もたいしてできず、ありがとうの一言を言えなかったことが今も心残りです。俺の栄養状況を考えてくださり、口のところで人差し指を立てて「しぃ~っと」(内緒ね)とサインしたこと、なんか忘れられないです。唐揚げうまかった。横顔は何となく俺の母に似ていたのもあることも印象深い。だから今も気になっています。元気にしていらっしゃるだろうかと。
人とのつながりが欠如することが多い世の中、心配をしてくれる人がいると思えただけでも俺は幸せです。
唐揚げの件があった翌日からソバだけでは栄養が偏るから、無理をしてでも一品余計につけるようにしました。売り上げ協力もかねて。この歳になっても唐揚げを見ると給仕のおばさんの顔を思い出す。

俺ね、最後の日、お礼を兼ねて、おばさんにきっと似合うだろうと思ってハンドメイドの銀細工アクセサリーをこさえて行ったんだ。もっと積極的に行動できていたら差し上げることができたと思うと申し訳なく思います。今もその銀細工は手元にある。