「どうする家康」二条城の会見、鐘銘事件、残念な秀忠を深掘り!第45回「二人のプリンス」振り返り (2/8ページ)
廿八日 秀頼公大坂の城を発駕有て上洛なり是は家康公に謁せらるべき為也其故は家康公御齢既に七十に成らせられける故御在世の間に天下一統に安静に皈すべき思召にて当時御上洛の節秀頼公へ久々御対顔なされず候間御上洛あるべき由を仰遣はされけるに大坂にて評議に太閤御他界以後とても大御所毎年大坂へ御下向有て秀頼公へ御対面有し処に今更秀頼公の御上洛あるべき■其謂れなし家康公早々大坂へ御下向有へき旨返答に依て京都大坂騒しく江戸駿府にてもひそめきけるを浅野幸長加藤清正両人秀頼を諫申て無事を成され廿七日に大坂を立玉ひ今日伏見より輿にて入洛なり……
※『東武談叢』第四十五 慶長十六年「秀頼公上洛 神君御対顔」
かねて自分に臣下の礼をとらせようとしていた家康に対し、今さら頭を下げられない秀頼。加藤清正と浅野幸長のとりなしによって、ようやく会見が実現の運びとなります。
……秀頼二条の城へ入玉ひ家康公御対面也清正幸長輝政以下へも遥く扈衛しける叚(段)を慰労し玉ふ此節秀頼公より御進上物の目録如左 清正記第六に委くあり御太刀真守 御刀一文字号南泉 御脇指左文字 駿馬一匹 黄金三百枚 猩々緋三枚 緞子二十巻 錦十巻進ぜらる其礼式終りて後御饗応■美を尽されたり……(中略)……扨秀頼御暇を仰らるゝ■家康公より御腰物左文字 御脇指吉光鍋藤四郎と号す又は薬研藤四郎とも云 蒼鷹三連秀頼へ進せらる角て秀頼二条の城を御出有て……
※『東武談叢』第四十五 慶長十六年「秀頼公上洛 神君御対顔」
秀頼が二条城へ入ると、家康は秀頼を護衛してきた加藤清正・浅野幸長・池田輝政をねぎらいます。
そして秀頼から豪勢な引き出物が贈られました。
一、真守の太刀
一、一文字南泉の刀
一、左文字の脇差
一、駿馬一匹
一、黄金三百枚
一、猩々緋三枚
一、緞子二十巻
一、錦十巻
心尽くしの贈り物に家康は上機嫌。型どおりの儀礼を終えると、手厚くもてなしたのでした。
やがて饗応が終わって秀頼が暇乞いをすると、家康からも返礼品が贈られます。