「どうする家康」二条城の会見、鐘銘事件、残念な秀忠を深掘り!第45回「二人のプリンス」振り返り (3/8ページ)
一、左文字の刀
一、吉光の脇差(鍋藤四郎、または薬研藤四郎)
一、蒼鷹(あおたか)三連(もと。鷹の単位)
会見の裏で家康と清正が密談するなど、水面下では両家の対立はあったものの、表向きには平穏無事に終わったのでした。
それにしても、あれほど露骨に「私は賢いですよ」とアピールしては、家康が「潰しておかねば」と危惧するのも無理はありませんね。
妻と悠々自適?今川氏真の晩年
かつて駿河・遠江・三河の三国を領しながら、家康の離反や武田信玄(阿部寛)の侵攻を受けて滅亡した今川氏真。
一度は舅である北条氏康の元へ逃げ込んだものの、氏康が死んで北条氏政(駿河太郎)の代になると肩身が狭くなって家康の軍門に屈しました。
その後、家康の庇護下で悠々自適の暮らしを送っており、しばしば家康と会っていたと言います。
※氏真の晩年についてまとめた記事はこちら。
【ネタバレ注意】孤独と狂気にさいなまれる今川氏真。