実際、藤原道長は夜に紫式部のもとを訪れていた!?『紫式部日記』から読み取る二人の関係【光る君へ】 (5/5ページ)

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ただ、紫式部自身も戸を叩いた人物の正体を確認した形跡はありませんし、どこからどこまでを「史実」と考えるかは微妙なところです。何もかも証拠がないので、何事かを断言することはできません。

ただ、紫式部がこのような書き方をしている以上、二人の間に少なくともなんらかの艶めいた「意識」程度のものはあったかも知れません。

学者による解釈は?

ちなみにこの記述については、研究者の間でも解釈が分かれています。

沢田正子『紫式部』の中で、この訪問者の正体は藤原道長であるという前提に立ち、夜中に突然訪ねてきた時の権力者に対して、凛として立ち向かった紫式部の精神力の逞しさや人間像の深みを見出しています。

さらに、悪い冗談を言いながらも、彼女の才能を温かく守り育てていった道長の大きな人となりや存在感が認識される、とも。

紫式部像(京都・宇治市)

一方今井源衛は、左大臣ともあろう者が根回しも前触れもなしに、いきなり夏の夜中にのこのこと女房の局の戸を叩きに出かけて、開けてももらえずすごすごと引き揚げるなどありえない、と述べています。

そんなこともあって、戸を叩いた人物が道長であるわけがないと断言しています。

ちなみに今井氏は、前述の「紫式部=藤原道長の愛人説」も、根拠に乏しいとして完全に否定しています。

個人的には、ただ『紫式部日記』に書かれているだけで、他の史料によって補強も裏付けもできないようなエピソードを本当に史実として考えていいのかどうか、そもそもその真偽について検証してみるべきだと思うのですが。

もしかすると、紫式部の夢だったのかも知れませんしね。

参考資料:
歴史探求楽会・編『源氏物語と紫式部 ドラマが10倍楽しくなる本』(プレジデント社・2023年)

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