実際、藤原道長は夜に紫式部のもとを訪れていた!?『紫式部日記』から読み取る二人の関係【光る君へ】 (2/5ページ)

Japaaan

紫式部が仕えた一条天皇の中宮、12歳で天皇に入内した平安時代のプリンセス 藤原彰子

大河ドラマ『光る君へ』ではそんな道長と紫式部の関係から目が離せませんが、二人は実際のところどのような間柄だったのでしょうか。

それについてはっきり答えが書かれている史料は今のところ存在しません。

一応、紫式部は藤原道長の愛人だったという俗説があります。これは南北朝時代に成立した系図集『尊卑分脈』の、紫式部の注記に「御堂関白道長妾云々」と書かれていたことが原因ですが、これが本当かどうかは不明です。

それよりも実は、『紫式部日記』に、もっと具体的で艶めいた、二人の関係について想像力を刺激される興味深いエピソードがあります。

夜に訪れた「水鶏」とは…

道長は三人の娘 (彰子の妹)を次々と入内させ、三代にわたる外戚となって権力を盤石なものとしていきました。そして、そんな中で紫式部の『源氏物語』執筆を全面的にサポートしました。いわば、小説家としての式部のパトロンです。

「実際、藤原道長は夜に紫式部のもとを訪れていた!?『紫式部日記』から読み取る二人の関係【光る君へ】」のページです。デイリーニュースオンラインは、光る君へ紫式部平安貴族平安時代藤原道長カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る