男娼ガイドブックに男色小説…実は生粋の男色家だった発明家・平賀源内による男色系作品の数々【後編】 (7/7ページ)

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しかしながら、事件の動機や死因については不明な部分が多く、実は生き延びて天寿を全うしたなど、さまざまな説があり、常に人を驚かせ続けた天才は最後まで世間を驚かせつつこの世を去っていったのでした。

変わり者の天才を惜しむ友人の言葉

友人として源内の葬儀を執り行った杉田玄白は、故人の過日を偲んで源内の墓の隣に彼を称える碑を建てました。1943年(昭和18年)に国の史跡に指定された碑には、以下のように記されています。

平賀源内 碑銘(杉田玄白 撰文)

「嗟非常人、好非常事、行是非常、何死非常 」
(ああ非常の人、非常の事を好み、行ひこれ非常、何ぞ非常に死するや)

(大意)ああ、何と変わった人よ、好みも行いも常識を超えていた。どうして死に様まで非常だったのか

(非常の人云々は、前漢の司馬遷『史記』「列伝」司馬相如列伝からの引用。)

長年の親友、源内の逝去を惜しむ玄白の思いが伝わってくるような言葉です。

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