遊びせむとや…実に業が深い後白河院がまとめた平安時代の今様集『梁塵秘抄』の歌を紹介! (3/7ページ)

Japaaan


しかし我々の心は愚かなので、本当はすぐ近くであるのに、遠いと思い込んで修行を怠けてしまうのだ。

……真面目に勤めれば、すぐにも達することができる極楽浄土。

しかし私たちが勝手に縁遠いものと決めつけ、修行を怠けてしまうために、そのまま遠くなってしまうのです。

つまり極楽浄土は近い遠いではなく、努力するかしないかの違いに過ぎません。これは何にでも通じる真理でしょう。

誰もが仏となれるのに……

日々精進(イメージ)

(二三二)仏も昔は人なりき われらも終には仏なり
三身仏性具せる身と 知らざりけるこそあはれなり

※『梁塵秘抄』巻第二

【意訳】仏様だって、かつては私たちと同じ人間だった。私たちだって、死ねば仏となるのだ。
元から仏性(仏となる資質)を備えているのに、そうと知らず怠けてばかりいる私たちは、何と愚かしいことだろうか。

……これも極楽浄土のたとえに近いですね。

誰もが仏となれるのに、そうと知らず、あるいはなれぬと決めつけて怠ける言い訳にする。

自分で自分の可能性を封じてしまうとは、実にもったいないことではないでしょうか。

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