遊びせむとや…実に業が深い後白河院がまとめた平安時代の今様集『梁塵秘抄』の歌を紹介! (5/7ページ)
他にも平等院の水車、蟷螂や蝸牛の舞う姿も趣き深い。
……愛でたくなる舞と、趣き深い舞を列挙しながら、どちらにも共通するものとして
(1)お神楽の巫女舞
(2)風に舞い散るコナラの葉
(3)牛車の車輪中央部(車軸を通す部分)
を挙げています。車の筒とは、なかなかマニアックですね。
「やちくま」については諸説あり、多くの独楽を一度に回す八千独楽(やちこま)や、八玉(やつたま。お手玉)の訛りなどと考えられています(『新猿楽記』)。侏儒舞とは小人の舞、手傀儡とはパペットでしょうか。
平等院の水車とは、境内にあったのか、それとも近くにあったのかは分かりません。
この水車について、藤原定頼(さだより。藤原公任の子)がこんな歌を詠んでいます。
世のなかをうぢの川辺の水車 かへるをみるに袖のぬれつつ
【意訳】憂いの多い世の中は、まるで宇治=平等院にある水車のようだ。常に回って水をはね上げるから、近くで見ていると袖が濡れてしまう。
宇治は「憂(う)じ」にかけ、返るは裏切る(態度を返す)意味、そして袖が濡れるのは涙ゆえ。
つまり裏切りの多さに、涙で袖を濡らす者が絶えない世の中を憂えているのです。
そして蟷螂を「いぼうじり」と読むのは、カマキリに疣(いぼ)を刈らせる(鎌で撫でさせる)と治りがよいという俗信に基づきます。
これらはいずれも愛でたく、また趣き深い舞と言えるでしょう。そういう感性でした。