大河『べらぼう』花魁・花の井は実在の人物!吉原屈指の名妓「五代目 瀬川」の数奇な人生【前編】 (4/6ページ)

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その後、明暦三年(1657)の明暦の大火により浅草寺裏の日本堤(現在の台東区専属)に移転した新吉原では、「太夫」「格子」のほかに「散茶」というクラスも誕生しました。

散茶はほかの岡場所などから流れてきた遊女がメインで、「端女郎」は楼閣で客の相手をする「局女郎」と、粗末な長屋のような店で客をとる「河岸見世女郎」と呼ばれるさらに下層階級の遊女に分かれていきました。

(ドラマ「べらぼう」の初回で、幼馴染同士の蔦重と花の井が子供時代から慕っていた「朝顔」が河岸見世女郎でした)

「局女郎おこう」歌川国貞

宝暦以降、「太夫」「格子」がいなくなり「散茶」がメインとなり中でもトップクラスが「花魁」となったのです。

そして遊女がいる妓楼にもランクがあり超高級店の「大見世」、準高級店の「中見世」、大衆向け店の「小見世」に分かれ、さらに格下店となる「切見世」、「河岸見世」に分かれました。

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