大河『べらぼう』実らなかった禁断の初恋…蔦屋重三郎(横浜流星)と瀬川(小芝風花)の関係は史実? (5/6ページ)

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菩提寺である正法寺(しょうほうじ。東京都台東区)の過去帳によると、彼女の戒名は錬心妙貞日義信女(れんしんみょうてい にちぎしんにょ)。文政8年(1825年)10月11日に亡くなっていました(享年≒生年不詳)。

子供については、番頭を務めていた勇助(ゆうすけ)を養子にして、二代目・蔦屋重三郎を襲名させています。しかし実子がいたのかは分かっていません。

北尾重政『絵本吾妻抉(えほん あづまからげ)』では、恵比寿講を開いて妻子と共に恵比寿様を拝む蔦屋重三郎の姿があり、その脇に妻子と思しき姿があります。

この子供は勇助なのか、それとも別の子(実子?拾い子?)なのかは分かりませんが、大河ドラマではどのように蔦屋重三郎の家族が描かれていくのでしょうか。

終わりに

歌川豊国画「松葉屋瀬川」

今回は悲恋に身を焦がした蔦屋重三郎と五代目瀬川の関係とその後について紹介してきました。

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