吉原遊郭でも大人気!高級なイメージの「馬肉」江戸時代ではファストフードだった!? (2/3ページ)
また馬は、客が吉原という僻地へ来る際の交通手段でもあり、まれに客の“借金のカタ”として売られることもあったそうな。
馬肉は常に供給されており、地産地消されていたのです。なので、今のような高級な食材ではなかったのですね。
遊郭でにぎわっていた頃は、昼から翌朝まで、ほぼ24時間営業で手軽に食べられていたそうです。
明治以降、戦争がはじまると、馬は軍馬として徴用されて減ってしまい、戦後は近代化によって車にとってかわられ、いつしか吉原も衰退しました。馬肉を提供する店はどんどん姿を消していったというわけです。
味付けは?で、どんな風に食べられていたのか。
料理は馬刺、馬肉のすし、馬鍋など。馬鍋は駒形どじょう鍋のような浅い鍋で、砂糖と醤油を入れて煮て、そこにさっとくぐらせて食べる。そんな風情を現在も伝える、馬肉を味わう老舗、桜鍋の名店「桜なべ 中江」さんが吉原にあります。
2010年(平成22年)には登録有形文化財にも指定されており、風情を感じたいなら、一度訪れてみてはいかがでしょうか。
牛鍋とすき焼きはどう違う?
馬肉があまり手に入らなくなると同時に、明治期には桜鍋ではなく牛鍋が登場します。
こちらの牛鍋、すき焼きとどう違うのでしょうか?実は「煮る」か「焼く」かで異なるのです。