「石と水の都」を築いた飛鳥時代の女帝・斉明大王!益田岩船など飛鳥京造営の遺構に秘められた謎を探る【後編】 (6/7ページ)

Japaaan

復元された牽牛子塚古墳(写真:高野晃彰)

667年2月27日、即位して天智大王となっていた中大兄は、斉明と665年に薨去したその娘の間人皇女(孝徳天皇の皇后)を越智岡上陵に合葬。同日、斉明天皇の皇孫である大田皇女(大津皇子の母)も陵の前の墓に改葬されました。これが牽牛子塚古墳と越塚御門古墳です。おそらく、健王の小さな亡骸も斉明の懐に抱かれて葬られたのでしょう。

越塚御門古墳と後方の牽牛子塚古墳(写真:高野晃彰)

天智は母・斉明のために、墳丘全体を凝灰岩切石で装飾した白亜に輝く八角形墳を築きました。牽牛子塚古墳は、「石の女帝」と称された稀代の女傑・斉明大王にふさわしい御陵といえるでしょう。

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