「石と水の都」を築いた飛鳥時代の女帝・斉明大王!益田岩船など飛鳥京造営の遺構に秘められた謎を探る【後編】 (1/7ページ)
大化の改新後に政治的指導者として活躍した女帝・斉明大王は、明日香の地に「石」と「水」を調和させた都を整備し、飛鳥京を造営しました。
最終回となる[後編]では、斉明が永遠の眠りにつくために造らせた牽牛子塚古墳と、その墓と深い関わりを持つ益田岩船について、女帝が抱いたであろう思いを紹介します。
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「石と水の都」を築いた飛鳥時代の女帝・斉明大王!益田岩船など飛鳥京造営の遺構に秘められた謎を探る【前編】 「石と水の都」を築いた飛鳥時代の女帝・斉明大王!益田岩船など飛鳥京造営の遺構に秘められた謎を探る【中編】 激動の時代をリードした女傑の死斉明女帝が重祚、すなわち2度目の即位を果たしたのは、655年1月3日、62歳の時でした。男女ともに平均寿命が80歳を超える現代の日本では、62歳はまだまだ働き盛りであり、政治の世界では脂が乗り切った年齢と言えるでしょう。
