大河『べらぼう』身請け後、横領事件に巻き込まれ…実在した花魁「誰袖(福原遥)」が辿った光と影【後編】 (6/9ページ)

Japaaan

赤枠の部分に「たがそで」の名前と「大文字屋」の名前が。『吉原細見五葉枩』,蔦屋重三郎,天明3 [1783]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2537563

天明3年に発行された、版元・蔦屋重三郎「吉原細見五葉枩」の中で、大文字屋を探してみると、「大もんしや」その下に「大もんしや市兵衛」と楼主の名前が記載されてあり、上段の右から四番目に「たがそで」の名前とともに「よび出し」の文字が。(上写真/赤枠)

当時、吉原の花魁の中でも、呼び出しは最も格が高い花魁でした。ところが、この翌年の正月に発行された「吉原細見五葉枩」を見ると、前年の「たがそで」部分が消されているのがわかります。

天明4年に、田沼沖次(渡辺謙)の家臣で、勘定組頭の旗本の土山宗次郎(栁 俊太郎)に身請けされたので、消したのでしょうか。

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