【大河べらぼう】御三卿・清水家の栄光と断絶!徳川家治の弟・清水重好(落合モトキ)とは何者?その生涯を辿る (2/4ページ)
兄弟は異母兄の徳川家治(いえはる)のみ、幼名は松平万次郎(まんじろう)と言います。
※将軍と後継者(将軍世子)、そして御三家(水戸•尾張•紀州)を除き、徳川でなく松平を称しました。
宝暦3年(1753年)12月に賄料(まかないりょう。扶持)として三万俵を賜り、宝暦7年(1757年)5月に傅役(補佐役)として村上肥前守(義方)と永井主膳正(武氏)が付けられます。
清水重好の元服は15歳となった宝暦9年(1759年)12月27日。父•家重より重の字(偏諱)を賜り、万次郎から重好と改名。また徳川の名乗りを許されます。
合わせて同日に従三位(じゅさんみ)の位階と、左近衛権中将(さこのゑごんのちゅうじょう)および宮内卿(くないきょう)の官職を賜りました。
一橋治済との政争に敗れる
生田斗真演じる一橋治済。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。
その後、18歳となった宝暦12年(1762年)に所領十万石を賜ります。
所領の内訳は武蔵国(東京都、埼玉県)・上総国(千葉県中部)・下総国(千葉県北部)・甲斐国(山梨県)・大和国(奈良県)・播磨国(兵庫県南部)・和泉国(大阪府南部)という広範囲のものでした。