「べらぼう」なぜ田沼意次(渡辺謙)は徹底的に排除された!?理由を江戸幕府の政治理念から考察【前編】 (2/7ページ)
しかし、町方で繰り広げられる蔦重たちの生き生きとした場面に比べると、家治と意次の場面には、どこか重々しく、悲壮感が漂っていたのに気付いた人は多かったのではないでしょうか。
実は、この重々しさこそが、やがて意次の立場が衰えていき、最終的には完全に排除されてしまう未来を暗示していたのです。
「意次を守った」と家治は言います。しかし、彼の死後、幕府内に意次の居場所はありませんでした。
では、なぜそんなことになってしまったのか?それは、初代・徳川家康以来の江戸幕府の政治的思想にありました。
今回は、江戸幕府が礎とした政治理念を、3回に分けてお話しし、意次の完全排除について考察していきます。
[前編]では、【べらぼう】で今後描かれていくであろう田村意次失脚までの経過について史実を基本にお話ししましょう。
家治の「知恵は譲りたくない」が重要なキーワード「もう自分の実の子を持つことは諦める」と決断した家治は、「自分には二つやらなければならないことがある」と、悲壮感を漂わせながら決意を述べます。
一つは「養子をとって因縁を断つ」こと。もう一つは、「田沼たちを守る」ことでした。
「養子をとって因縁を断つ」とは、将軍位を巡る政争によって無駄に命が失われることを防ぐという意味です。