「べらぼう」後に徹底排除される田沼意次(渡辺謙)!なぜ彼は”悪の汚職政治家”のレッテルを貼られたのか?【後編】 (1/6ページ)
「10代家治は凡庸な将軍だった。しかし、一つだけ良いことをした。それは、田沼主殿頭意次を守ったこと。今日の繁栄があるのはそのおかげだ。」
【大河べらぼう】第19回「鱗(うろこ)の置き土産」で、田沼意次(渡辺謙)に徳川家治(眞島秀和)に述べた言葉です。
しかし、家治は、意次と田沼家を守ることできず、その死後、意次は反田沼派の松平定信(寺田心)や一橋治済(生田斗真)により、完全に排除されてしまったのです。
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「べらぼう」なぜ田沼意次(渡辺謙)は徹底的に排除された!?理由を江戸幕府の政治理念から考察【前編】 「べらぼう」なぜ田沼意次(渡辺謙)は徹底排除されたのか!?鍵は徳川家康の政治理念だった!【中編】[後編]では、田沼意次と松平定信の政治理念の違いを、彼らが模範とした8代将軍徳川吉宗の政治を交えて考察し、田沼意次がいかにして完全に排除されていったのかをお話ししましょう。
意次と定信に大きな影響を与えた徳川吉宗の政治江戸幕府の財政は、第3代将軍・徳川綱吉の時代に転機を迎えます。

