室町幕府の権威回復を一身に背負う!威風堂々たる若き緑髪将軍・足利義尚の悲劇的な人生【前編】 (3/8ページ)
こうして両陣営には、急速に和平の機運が高まっていきました。
室町幕府第8代将軍・足利義政は、この機に乗じて征夷大将軍の座を、正室・日野富子との間に生まれたわずか9歳の嫡男に譲ります。第9代将軍・足利義尚の誕生です。
しかし義尚が弱年のため、政治の実権は義政が握り、御台所の富子が後見するという体制が敷かれました。
1479(文明)11年、15歳になった義尚は「判始(はんはじめ)」の儀式を行います。将軍はこの儀式を終えると成人と見なされ、自らの花押を御教書などの公文書に記入し、将軍としての政務である評定始・御前沙汰始を開始することができるのです。
ちなみに花押とは、今でいうサインにあたります。これを記入することで文章に対し、承諾したことを証明する役割を果たすのです。