室町幕府の権威回復を一身に背負う!威風堂々たる若き緑髪将軍・足利義尚の悲劇的な人生【前編】 (6/8ページ)
六角高頼征討のため大軍を集める
正式に将軍職に就いたにもかかわらず、父・足利義政がなおも権力を握り続けることに、若き足利義尚は不満を抱き、激しく反発しました。その反発はやがて、二度にわたり自ら髷(まげ)を切り落とそうとしたり、重臣の屋敷に引きこもったりといった奇行に発展し、生母・日野富子を大いに心配させました。
こうした義尚の態度に対し、さすがの義政も次第に将軍としての権限を譲るようになります。しかし、東山殿の造営などで多額の資金を必要としていた義政は、全権を手放すことなく、さまざまな形で義尚の政治に干渉し続けました。
このような状況に対し、義尚はついに大胆な行動に出ます。それが、近江の守護大名・六角高頼に対する追討の宣言でした。この頃、高頼は近江国内の室町将軍家直臣の所領を不法に奪い、彼らを経済的な困窮に追い込んでいたのです。
将軍とは、すべての武家の頂点に立ち、武士たちの本領を守る存在です。ましてや、将軍家直参の家臣が危機に瀕している状況を放置することは許されません。義尚はこうした使命感のもと、六角高頼の追討を決意しました。