すし・鰻・天ぷらは江戸庶民のファストフード 〜江戸時代グルメの誕生秘話と高級化の歴史 (4/7ページ)
これらは、それぞれ意味が異なることをご存じでしょうか。
すしの原点は「熟鮓(なれずし)」と呼ばれるもので、鮒や鮎などの魚に塩をして、米飯と一緒に漬け込んだ、漬物のような保存食でした。奈良時代の献納品にも登場する琵琶湖の鮒鮓(ふなずし)は、すしのルーツともいわれています。
この「鮓」が大きく変化を見せるのが江戸時代です。強い圧力を加えることで発酸発酵を早める工夫を凝らした「押し鮓」が登場します。
さらに、飯に酢を混ぜてすし飯とし、それに具をのせて1個ずつ熊笹の葉で巻き、軽く重石をかけた「笹巻鮨」が現れました。
現在でも神田小川町で商いを続ける「笹巻けぬき鮨」は、かつて数軒あったとされる「笹巻鮨」の店の中で、唯一現存する一軒です。その創業は驚くなかれ、1702(元禄15)年。300年以上にわたり暖簾を守り続けているのです。
この「笹巻鮓」をヒントに、すし飯の上に生魚の切り身をのせて握ったのが「握り寿司」です。
「笹巻鮓」の発展形であり、文政年間(1818~1830年)に、「與兵衛鮓」あるいは「松の鮨」が考案したとされています。