すし・鰻・天ぷらは江戸庶民のファストフード 〜江戸時代グルメの誕生秘話と高級化の歴史 (2/7ページ)

Japaaan

本稿で取り上げる「すし」「鰻」「天ぷら」は、「ハレの日」「ケの日」のどちらの食べ物といえるでしょうか。

ウナギの丼

回転寿司チェーンや天丼チェーンの普及により、すしや天ぷらは日常的に食べる人も増えてきました。鰻に関しては、それほど頻繁には口にできないかもしれませんが、機械化などにより価格を抑えた専門店チェーンも登場し、比較的手が届きやすい存在になりつつあります。

しかし、すし・鰻・天ぷらについては、大衆店がある一方で、いずれも熟練の職人による高級店も存在しています。そうした店こそが“本物”であると考える人が多いのも事実です。

そういった意味では、やはり「ハレの日」の食べ物と位置づけても差し支えないのではないでしょうか。

庶民のファストフードだった、すし・鰻・天ぷら

現代では、「すし」「鰻」「天ぷら」は、基本的に「ハレの日」の食べ物と思われがちですが、これらは江戸時代、江戸の町で現代のような形に発展した食文化です。

そして、いずれも庶民に愛された屋台料理として、ファストフードからスタートしました。

将軍のお膝元と称された江戸は、もともと武家のために建設された町でしたが、その総人口は江戸時代中頃にはゆうに100万人を超え、当時としては世界的にも稀な大都市へと成長します。

その人口構成を見てみると、武士と庶民階級である町民の数はほぼ同数でした。

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