大河『豊臣兄弟!』主人公・豊臣秀長以外は皆殺し…秀吉が兄弟姉妹に課した残虐な仕打ちの数々 (6/10ページ)
この事件で智自身はなんとか難を逃れましたが、秀吉は秀次の子どもたち、すなわち彼女の孫たちのほとんどを処刑してしまいました。
これを受けて、智は京都・嵯峨野の地に善正寺を建立し、息子・秀次一族の菩提を弔う人生を送ることとなるのです。
政略結婚の犠牲となった同母妹・朝日姫秀吉の異父妹で、旭と呼ばれた朝日姫(旭姫・あさひひめ)は、日秀尼と同様に、初めは尾張国の農民に嫁ぎました。しかし、秀吉の出世にともない、夫も武士に取り立てられ、佐治日向守(さじひゅうがのかみ)を名乗るようになったとされます。
しかし、明智光秀を滅ぼした山崎合戦後、天下統一を進める秀吉は、最大の敵であった徳川家康を味方に引き入れるため、無理やり旭と日向守を離縁させ、家康の正室として徳川家に送り込みました。
当時、家康は45歳、旭は44歳でした。