大河『豊臣兄弟!』主人公・豊臣秀長以外は皆殺し…秀吉が兄弟姉妹に課した残虐な仕打ちの数々 (3/10ページ)
もしそうだとすれば、秀長と朝日姫の実父が誰であるのか、判然としないことになってしまうのです。
このような事情が後に、秀吉の兄弟姉妹を名乗る人物が現れる事態を招き、結果として彼らが悲劇的な最期を迎える要因の一つとなったとも考えられます。
ともあれ、話を豊臣秀長に戻しましょう。秀長の生年は、一般に1540(天文9)年とされており、兄・秀吉とは3歳違いということになります。
ただし、彼が武将として初めて登場する時期は明らかではありません。秀吉が織田信長のもとで出世していく中で、その補佐として秀吉の麾下に加わり、家中をまとめる役割を担っていたと考えるのが自然のようです。
そしておそらくは、秀吉が中国攻めの司令官に就任する1575(天正3)年以降、秀吉陣営の副司令官的な存在となり、武功を重ねていくと思われます。