大河『豊臣兄弟!』主人公・豊臣秀長以外は皆殺し…秀吉が兄弟姉妹に課した残虐な仕打ちの数々 (7/10ページ)
彼女は朝日姫として駿河府中に居を構え、駿河御前と呼ばれるようになります。
しかし、秀吉の思惑に反し、家康は旭との婚儀が済んでも上洛しませんでした。やむを得ず秀吉は、母・大政所を「駿河御前を訪ねる」という名目で家康のもとへ人質として送ります。この策によって、ようやく家康は上洛し、秀吉との和議が成立したのです。
その後、朝日姫は病がちとなり、家康との婚儀からわずか4年後にその生涯を閉じました。彼女の人生は、秀吉の政略結婚に振り回されたものだったと断言できるでしょう。
天下統一後に判明した兄弟姉妹を皆殺しに秀吉の兄弟姉妹としては、日秀尼、豊臣秀長、朝日姫の存在が知られていますが、それ以外にも実在した可能性のある兄弟姉妹がいたとされています。
秀吉が天下統一を果たした後、ある若者が「自分は秀吉の弟である」と名乗り、数人の供を連れて大坂城に現れ、秀吉との面会を求めました。