幕末の新選組40%が病人だった!近藤勇が頼った名医・松本良順が見た衝撃の屯所の実態 (2/7ページ)
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幕末の志士たちを震え上がらせた新選組!10人の組長たちの終焉を紹介【前編】 松本良順に隊内の健康診断を依頼する松本良順は、佐倉藩藩医で病院兼蘭医学塾「佐倉順天堂」を開設した父・佐藤泰然のもとで助手を務めた後、長崎でオランダ軍軍医のポンペに医学を学びます。
その後、幕府の奥医師に進み、東京大学医学部の前身である西洋医学所頭取となりました。1864(元治元)年からは、幕府御典医となり将軍侍医などを務めるなど、幕末から明治前半にかけて活躍した医師として知られます。
その良順が、1865(慶応元)年の初夏、第14代将軍徳川家茂に従い上洛した際、近藤勇に請われて新たな西本願寺屯所にて、新選組隊士の健康診断を行いました。
新選組は西本願寺へ屯所を移すと、「英名録」と称される隊士名簿を作成しています。
