『べらぼう』明暗分かれた“桜”…田沼意知と誰袖の幸せな桜と、追い詰められ悲劇を招いた佐野の枯れ桜【後編】 (6/8ページ)

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史実では、『番町に過ぎたるものは2つあり、佐野の桜に塙検校』

と狂歌にされるほど有名だった佐野家の桜。(「塙検校」は盲人の国学者の塙保己一のこと)昔、佐野家の庭で見事に咲き誇っていた桜は五代将軍・綱吉公から拝領したもので、佐野家にとって一家の繁栄の象徴となっていました。

その桜は咲かず、贈った佐野の桜は「田沼の桜」は見事だと噂されている……と吹き込まれ、その桜を見に足を運び満開の桜を見上げる政言の後ろ姿。

「悪」を吹き込まれてメラメラと怒りと憎しみが湧き上がり復讐を誓うというより、“やりきれなさ”でいっぱいのようで切な過ぎました。

政言の側に、陽キャの蔦重やいつも見守る歌麿のような人がいたなら

意知に対する刃傷沙汰は旧暦の3月24日。当時の江戸の桜の見頃は2月〜3月だったそうです。

思っても仕方ないことですが。もし、狂歌の会の時、佐野がなかなか挨拶できないでいることに気が付き「もっと前に出たほうが」とアドバイスした蔦重のような陽キャな友人がいたら。

ときに暴力的になる父親の介護を一緒に背負う、ほかの姉妹(10人姉弟の末子で一人息子だったろいう)が一緒にいてくれたなら。

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