【べらぼう】恋川春町の破滅のきっかけ『鸚鵡返文武二道』は実際どんな物語なのか?蔦重の運命も暗転 (2/8ページ)

Japaaan

私は絵双紙(黄表紙)を作るが、所詮は人真似であり、オウムですらない九官鳥の類に過ぎない」と。

……曲礼にそんなこと書いてありましたっけ?これが春町先生ならではのアレンジであることは言うまでもありません。

自身をオウムですらない九官鳥と卑下しつつ、松平定信の記した『鸚鵡言(おうむのことば)』を諷刺しています。

それではさっそく、本編に入りましょう。

菅秀才の起用

恋川春町『鸚鵡返文武二道』より、延喜帝と菅秀才に召し出された武人たち。

時は醍醐天皇(だいごてんのう。延喜帝)の御代、天下泰平が続いたことから、人々は贅沢三昧で国を傾けつつありました。

帝は世の堕落を嘆き、自ら質素倹約の手本を示し、菅原道真の遺児・菅秀才(かん しゅうさい。創作人物)を起用します。

人々の性根を叩き直すために、菅秀才は名高い武人たちを招いて武芸を習わせるよう提言しました。

さっそく剣術指導には九郎判官こと源義経、弓術指南には鎮西八郎こと源為朝(ためとも)、そして馬術指導として小栗判官こと小栗兼氏(かねうじ)が召し出されます。

いずれも醍醐天皇とは時代の違う人物ですが、黄表紙の設定なんてそんなもの。気にしてはいけません。

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