『べらぼう』庶民、幕閣、大奥から総スカンの松平定信!祖父・徳川吉宗との改革の違いを徹底比較[後編] (4/9ページ)

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このような米政策を実行した吉宗は、米価統制のために大阪・堂島の「米市場を公認」し、江戸商人を相場に介入させようとした。

大阪堂島の米市場

この他、身分に関係なく将軍に直接意見を届けることができる「目安箱」を設置し、批判的な意見もきちんと受け入れていた。この「目安箱」から生まれたのが、庶民のための無料療養所である小石川療養所や、現在の消防につながる江戸火消しの組織化である。

そして、裁判の基準を明確化した「公事方御定書」を発布した。これにより、従来の「死刑」か「無罪」かといった極端な判決に偏らない、公平な裁判の実現を目指した。また、キリスト教に関わるものを除く洋書の輸入を解禁したことで、「蘭学の発展」を促すことにもつながった。

最後に「足高の制」について触れたい。実はこれこそが、吉宗のシステム改革の真骨頂とも呼ぶべきものであった。幕府の役職に就くためには、それに見合った禄高が必要とされた。しかし禄高は世襲制で代々受け継ぐものであったため、能力や素質があっても家柄が低ければ要職に就けないという不都合が生じていた。

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