『べらぼう』庶民、幕閣、大奥から総スカンの松平定信!祖父・徳川吉宗との改革の違いを徹底比較[後編] (6/9ページ)

Japaaan

ある意味では「純真無垢」で真っすぐな人物で、不正や汚職を徹底的に憎む正義感の強い人でもあったともいえよう。

松平定信

そんな定信の脳裏には常に「田沼意次への憎しみ」があり、田沼の改革を全て否定するところから、寛政の改革は始まっていた。

そのため定信の治世では、田沼意次を徹底的に悪者に仕立て上げることに専念した。世の中に賄賂が横行するのはすべて田沼のせいであり、意次こそが「賄賂の帝王」だというようなレッテルを貼ったのである。

そして、その田沼に賄賂を贈ったのは商人であり、彼らは銭儲けばかりを追求する卑しい存在だと決めつけたのだった。

田沼意次

定信の政策で最も有名なのが「棄捐令(きえんれい)」である。

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