『べらぼう』歌麿の欲からひらめいた!「男女」を超越し愛する蔦重の仕草で誕生したあの美人画【後編】 (2/8ページ)
【後編】では、蔦重と歌麿の“欲”がぶつかりあったことで、新しい名作の誕生となった展開を考察してみました。
蔦重から離れた歌麿をもう一度呼び戻す
蔦屋耕書堂が始動するにあたり、最後の残った課題は歌麿です。起死回生の策を成功させるには、歌麿の才能は絶対に必要です。
歌麿は、瘡毒(梅毒)で亡くなったきよ(藤間爽子)の死を受け止められず亡骸を布団に寝かせたまま画を描き続けるという、尋常ではない状態に陥っていたところを、蔦重が強引に引き剥がしたことで喧嘩別れになっていました。
その後歌麿は、豪商・釜屋伊兵衛(U字工事・益子卓郎 )の、“襖絵を肉筆画で”という依頼を受けて栃木に行ってしまいます。
もちろん、大きな襖絵を肉筆で描きたいという絵師としての創作欲もあったでしょう。けれども、江戸から離れたい思いと、蔦重に対する複雑な感情を封印したいために離れたい思いもあったと思います。