【べらぼう】史実、その後の二人は?歌麿から見捨てられた蔦重が決定的に欠けていたもの (6/8ページ)
そして最晩年に歌麿が身体を壊し、回復の見込みがないと知るや「描かせるなら今のうち」とばかりに注文が殺到しました。
本当に「絵師を何だと思っているんだ」と怒り出しそうですが、劇中ではこの鬼畜な板元たちを蔦重一人に集約したようです。
【べらぼう】喜多川歌麿(染谷将太)の生涯——浮世絵の権威から蔦重との別れ、画力・心身ともに衰弱へ…いっぽう歌麿に去られた蔦重は、歌麿との関係修復を図りながらも新たな看板絵師を探します。
そして発掘したのが東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく)こと斎藤十郎兵衛(さいとう じゅうろうべゑ)でした。
これまでにない新たな切り口で勝負を挑みましたが、歌川豊国(うたがわ とよくに。初代)の前に敗れ去ります。
リアリティ重視の写楽に対して、理想化重視の豊国。確かに写楽の画風は面白いものの、だからと言って「買う」までには至らないのが玉に瑕。いくらクオリティが高くても、買ってもらえなければ商売になりません。
かくして写楽は2年弱という短期間で、歴史の表舞台から姿を消したのでした。
