「べらぼう」歌麿の肩組みにネット歓喜!大崎が毒饅頭を食べた理由、グニャ富とは?史実を元に解説 (7/9ページ)

Japaaan

斎藤十郎兵衛のうち、斎藤十の部分を並べ替えると……。

藤(とう)→東(とう) 十(じゅう)→洲(しゅう、じゅう) 斎(さい)→斎(さい)

となるのだとか。斎藤十郎兵衛は八丁堀に住んでいたので、二重の意味を持っていたと言えるでしょう。

グニャ富こと中山富三郎(坂口涼太郎)とは何者?

グニャ富を後世に知らしめた写楽の一作。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。🄫NHK

写楽の絵によって、えげつないほどリアルに描かれたグニャ富こと中山富三郎(なかやま とみさぶろう)。劇中では坂口涼太郎のテンパり具合が絶妙でした。

富三郎は宝暦10年(1760年)に市川幾蔵(いくぞう)の子として生まれ、初代中山文七・四代目松本幸四郎に師事します。

親子で江戸にやって来たのは安永9年(1780年)、市村座で人気を博し、寛政初期には江戸と上方の両方で名声を勝ち取りました。

グニャ富というあだ名の由来は、顔がグニャついていたから……というひどいもの。しかし観客に与えるインパクトは絶大で、演技の実力が本物とあれば、かえって人気が高まったのも当然と言えるでしょう。

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