「べらぼう」歌麿の肩組みにネット歓喜!大崎が毒饅頭を食べた理由、グニャ富とは?史実を元に解説 (6/9ページ)

Japaaan

「これが、写楽……」「こりゃ、見入っちまいますよねぇ」

写楽って、すげぇなぁ……みんなの個性や技術を結晶させた一枚の「写楽」。今回最もテンションが高ぶった方も多いのではないでしょうか。

こういう創作の喜びを、もっともっと感じさせて欲しいですね!

「東洲斎」写楽の名付け親は松平定信?

「写楽」デビュー28作品が勢ぞろい。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。🄫NHK

「名に東洲斎を加えよ」「写楽は東洲、江戸っ子。これは江戸の誉れとしたい!画号は東洲斎写楽とせよ」

相も変わらず、エッラそうに指図する松平定信でした。東洲とは江戸の東にある中洲だから、八丁堀か築地あたり。いかにも江戸っ子が住んでいそうな場所と言えるでしょうか。

でも、本当は黄表紙などの通俗文化が大好きな定信が心から喜んでいることだけは伝わりました。

さて、本作では定信が「東洲斎」写楽の名付け親となった設定となっていますが、実際はどうだったのでしょうか。

「東洲斎」写楽の画号が生まれた由来は諸説あり、特に有力なのが写楽の正体とされる斎藤十郎兵衛(さいとう じゅうろべゑ)の名前からとったという説です。

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