「幕末期の金流出=幕府の失策」は本当か?!史料をもとに“100万両流出”の真偽を検証 (1/4ページ)
金の流出
幕末の開港がもたらした金銀比価問題は、経済史の中でよく語られる出来事です。
開国後、通貨の交換レートの違いを利用して差益分で儲けようとした外国人が多くいました。それを幕府が放置したため、日本から金が流出してしまった……という話で知られています。
しかしこの話には、いくつかの誤解があります。
まずこの問題の本質は、日本と外国で金と銀の交換比率が大きく違っていたことにあります。
日本では、金1両に対して銀は約4分、つまり金銀比価は1対5程度でした。一方、外国では金1に対して銀15という国際的な基準が一般的でした。
この差が、開港後の通貨交換で大きな歪みを生んだのです。
1859年6月の開港直後、外国商人はメキシコ銀貨などの外貨を日本に持ち込みました。
当時、条約で定められた交換レートは「1ドル=3分」でした。これにより、4ドル分の銀貨を日本に持ち込めば12分、つまり3両分の小判に交換できたのです。
ところが香港などの海外市場では、小判1枚が銀貨4ドル相当で取引されていました。結果として、同じ小判3枚を海外に持ち出せば12ドルに戻せたわけです。
この「差益」を狙った商行為が、金貨の流出を加速させたのです。