『豊臣兄弟!』息子3人を失い一族すべて処刑…豊臣秀吉の姉・とも(宮澤エマ) 激動の生涯 (3/10ページ)

Japaaan

豊臣ファミリーの雰囲気を大切に、弥助の“父”としての姿を丁寧に演じていきたい」とのこと。

〜【甚助】豊臣兄弟の妹・あさひの夫。のちの副田吉成。天真爛漫なあさひとは良き夫婦となる。弥助同様、小一郎たち行動を共にすることに。〜

演じる前原瑞樹さんによると、「乱世の戦国時代を生き抜くにはあまりに情けない人間ではございますが、どの時代にも様々な人がいたんだと思ってもらえるように精一杯生き抜きます。」

とのこと。史実では、弥助も甚介も豊臣姉妹の運命に伴い、過酷なものになっていくのですが。

左:あさひの夫甚助、右:ともの夫弥助 NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

ともは、ごく普通の生活を送るはずが…

姉・ともは、天文2〜3年(1533〜34年)頃、尾張中村(現在の名古屋市中村区)にて、足軽の木下弥右衛門となかの娘として誕生。4人兄弟姉妹の長女で、秀吉とは2歳違いだったそうです。

9歳年下の妹あさひが誕生した年に父親が亡くなったため、子供の頃から母の手伝いをしつつ弟妹たちの面倒をみてきたのでしょう。

ともは、大人になって弥助(のちの三好吉房)と結婚します。史実では、弥助の姓や出自などについては多くの説があり、実像ははっきりしていないそうです。

史料によると、弥助の職業は、雉などの鳥を飼いならし大名の娯楽だった「鷹狩り」の獲物として準備する「綱差(つなさし)」や馬貸し業を営んでいた、という説もあります。

どのような人物だったかはわかりませんが、ドラマで描かれているようにしっかりもので気丈なともと一緒になり、ごく普通の暮らしを営んでいたのではないでしょうか。

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