『豊臣兄弟!』息子3人を失い一族すべて処刑…豊臣秀吉の姉・とも(宮澤エマ) 激動の生涯 (8/10ページ)
仏門に入り豊臣家の滅亡を見届け92歳まで生きたとも
深い悲しみのなか、ともは翌年の文禄5年(1595)正月、仏門に入って出家、日秀尼(にっしゅうに)を名乗り、京都に瑞龍寺を建立しました。
慶長3年(1598年)8月18日、弟・秀吉の死を見送り、慶長17年(1612年)には夫に先立たれ、慶長20年(1615年)夏には大坂の陣で豊臣秀頼ら親族の大半を失い、豊臣家の滅亡を見届けます。
そして、寛永2年(1625)に死去。享年92歳でした。
激動の戦国時代から、江戸時代となり三代将軍・家光の時代まで生きたとも。
百姓のせがれだった藤吉郎と小一郎が出世をして天下人とその片腕になり、結婚して三人の息子を見送り、豊臣家の滅亡までのすべてを見届けたのです。